カテゴリ:お散歩( 4 )

月の湯大掃除&忘年会

遅ればせながら、、、

大変遅ればせながら、、、

12月5日(日)に月の湯の年末大掃除を手伝ってまいりました!!

何故このような事になってしまったのかというと

事の発端は雑司が谷の御会式までさかのぼります。

雑司が谷の寿司屋さんに嫁いだ幼なじみがおりまして
ちょっとお誘いをいただいて御会式というお祭りに参加させていただいたんですね。

参加といっても借りた太鼓をたたきながら街中を練り歩く連について
回っただけなんですけど。

で、そこで友達に紹介してもらったのが旅猫雑貨店の金子さん。

twitterで旅猫雑貨店と金子さん個人をフォローしていたので、
大体の人となりは知っていたのですが、実際にお話しするのは初めてに近い。

以前に一度お客として伺っただけ、かな?

その金子さんのプロフィールには「月の湯の女中」とありまして、
これはどういうことなんだ?とずっと気になっていたんです。

祭ばやしの中で話しづらかったけれども、どうやら銭湯のお掃除は
大変なので営業時間終了後にお掃除を手伝っている、との事。

それからしばらくして、友達の寿司屋さんに行きがてら
旅猫雑貨店でお買い物に行き、色々話していると

「月の湯の年末大掃除があるんですけど、どうですか?」
と、お声をかけていただいた次第なのです。

月の湯の男湯と女湯の決定的な違いは富士山のペンキ絵とお庭。

女湯には富士山のペンキ絵とお庭がないのだ。

「一度男湯を見てみたい!!」

そう切に願っていた私はモチロンふたつ返事でOK!!
(んっ?でもないか。何しろ、家のことがあるので)

集合時間は11時。

「笹を上に掲げて天井のホコリを落とすんですよ。」
と聞いていたので、是非挑戦させていただきたかったのですが
背の低い私は断念。

私が掃除を担当したところは、下足箱、傘入れ(これは傘のロッカーみたいなもので
月の湯以外では私は見たことがない。相当な年代物だと思う)、玄関のたたき、
シャッター、男湯の真ん中仕切りの左奥のカラン(湯垢がひどくてひたすら磨く)
入り口の扉やガラス、柱などの拭き掃除。

ざっとこんなもんかな?

掃除をすると色んなことが見えてくる。

下足箱の模様、誰かが札を持って帰ってしまって開かない下足箱、
傘箱に置き忘れた傘、今ではほとんど作られていないのではないかと
思わせる扉のガラス、、、。

いつもメガネを外してお風呂に入るので、カランに日の丸の扇子の模様が
入っていることもお掃除の時に知りました。

ゴミの片づけの時に裏側もチラッと見せてもらったのだが、
年代を感じさせる大きなお風呂みたいなのがみえて
(あの中からお風呂にお湯を入れるような仕組みになっているのかな?)
何だか凄い貴重なものを見たような気がしました。

お掃除ボランティアも10人ほどいて、しかも、皆さん若い!!

先週の11日に月の湯のイベントや繋がりのある人で集まる忘年会があり、
それにも参加させていただきました。

男湯と女湯の脱衣所の可動式の間仕切り兼鏡を取っ払い、
テーブルを並べ、総勢30人位の老若男女が集っておりました。

貴重な昔の写真も拝見いたしました。

昔は赤ちゃんベッドが5個も並んでいたそうです。

今はたまに一個出てるくらいかな?

和敬塾の学生さん、フリーペーパーを作っている方、ライブハウスの店長、
音楽やダンスを生業としている人、歌舞伎役者、まぁ、とにかく色んな人がいたな〜。

月の湯は本当にたくさんの人に支えられているんだな〜って実感しました。

ここからは大掃除の時に撮った写真です。

これが男湯の富士山です

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男湯のお庭です。
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女湯です。富士山がないの〜(T_T)
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男湯の脱衣所には漫画がありました。
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番頭さんが出入りするために使っていると思われる足踏みです。
年代を感じさせますね。
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入り口の装飾が半端無くかっこいい。
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昔ながらのカランです。
ハニカム構造の床のタイルは今では製造されていないそうです。
そういえば、以前雑誌で100年以上前の外国で作られた
テラコッタタイルを見たんだけど、それも製造されてないって書いてあったな。

時代の流れに負けたのか、ふつーの四角いヤツのほうが作り易いのかは
わかりませんが。

ハニカム構造のタイル、かわいいのにな〜。
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by tabalog | 2010-12-14 19:35 | お散歩

史跡巡りに行ってきました

一昨日(16日)、平成21年度第3回史跡めぐり
「駒込追分・根津に江戸の面影を訪ねて!」という
イベントに参加してきました。

集合場所は東大農学部正門前。
集合時間は午後1時15分。

20分ほど早く着いたのですが、


いるわ、いるわ年寄りばかり!!


平日の昼間の地味〜なイベントなので、ある程度は覚悟していたのですが
おじさん、とか、おばさん、を通り越した、いわゆる

おじいさん、や、おばあさんばかりなのです!!

若者は私一人。

いえ、私とて決して若いわけではないのですが、、、。

現代日本の縮図のような団体です。

はぁ〜、まいっちんぐ、、、
この中に混じって一日歩くんかいな、、、。

まぁ、とにかく一グループ12名に分かれ、
文京区のまち案内ボランティアさんの説明を聞いて歩きます。

まずは、東大農学部正門前にある駒込追分と高崎屋。

この高崎屋さんというお酒屋さん。
250年も前から続くお酒屋さんです。

その昔は、それはそれは繁盛していたようで、
そのドでかい建物の絵が文京ふるさと歴史館にも(レプリカですが)
展示されております。

現在も続いているというので、いつかは見てみたいなぁと思っていたのですが
いざ見てみるとガッカリ。

せっかく明治時代に建てられたお屋敷に、ビミョ〜なデザインの
「TAKASAKIYA」というアルファベットの看板。

しかも、建物半分はTAKASAKIYAビルディングという大きなビルに。

先代が泣くぜ。
なんてことしてくれんねん。

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次に、東大農学部の正門入ってすぐの朱舜水碑へ。

朱舜水とは中国明の時代の儒学者で、
水戸光圀の思想に大きな影響を与えた人だそうです。

水戸光圀が初めてラーメンを食べた日本人という話は最近良く聞きますが
そのラーメンを作ってあげたのが、朱舜水という説もあるそうです。

現在農学部のある土地が、かつては水戸藩の中屋敷で、水戸光圀が朱舜水に
住まいとして提供していた、

ってメッチャ広い!!

ちなみに、現在の後楽園は水戸藩の前屋敷だった、

ということは

あの広大な土地、ぜぇ〜んぶ水戸藩のモノだったんですね〜。

スケールが違うぞ、スケールが。

私たち一行は、西教寺、願行寺へと向かいます。

願行寺には森鴎外が史伝を執筆している「細木香以」という江戸の通人のお墓があり、
鴎外がしばしば訪れていたそうです。

さらに、東大地震研究所、聖テモテ教会へと進みます。

テモテ教会は、難病治療をしている家族を支援している施設
「ぶどうの家」が併設されています。

地方から上京して治療をするにしても、家族の宿泊代など大変ですよね。
そういった家族へ宿泊施設として提供しているそうです。

ちなみに、大平元総理の葬儀はコチラでやったそうです。

こんなちっさな教会でか?
ちょっと驚きです。

教会前からS坂を下り、弥生正録館前に到着。

非公開なんで、中には入れないのが残念です。

この建物、根津神社のつつじ祭りの時に、つつじを見上げると必ず目につきます

前から気になっていたんです。

この建物はなんなんだ、
チョ〜かっこいいじゃねぇ〜か、と。


輸入生地商を営んでいた渋谷正吉さんという方が建てたのだそうです。

程なくすると根津神社に到着。

根津神社に行く時は、忍ばず通りから入っていくことが多いので、
こんな所に鳥居があったのねぇというところから入っていきます。

人の集まる場所には今も昔もエロがつきもの。(ほんとか?

この鳥居を出たあたりは、かつて遊郭があって賑わっていたのですが
近くに東大が設立され「学生街にこのような如何わしいものがあるのは
いかがなものか?」ということで撤去。

今ではそんな雰囲気はみじんもありません。

ひとしきり根津神社の説明を受けて、トイレ休憩の後、宮司さんのお話となりました。

宮司さんのお話が聞けるというのは募集案内には記されていなかったので、
思いのほかラッキーな機会に恵まれました。

参加者全員本殿に集合してお祓い、代表者の方に倣って二礼二拍手一礼。

皆さんはお年を召した方なので、お祓いの場も経験されているのでしょうが
私は初めてでして、宮司さんをポケ〜っと見ておりましたら、
皆さん頭を下げているので慌ててしまいました。

宮司さんからのお話は根津神社の歴史などなど。

まぁ、要するに天井の絵などに夢中になってしまい、あんまり覚えていなんですな(笑

だって、滅多に見られないじゃん、天井の絵なんて。

説明によると、天井の絵は特定の花を描いているのではなく、
象徴的に花を描いたものなんだそうです。
色とりどりでキレイです。

それと柱などの漆の色があまり朱色、朱色していなくて、どちらかというと茶色に近い朱色です。

京都とは違って、江戸の特徴だと仰っていましたけど、
まぁ、鮮やかな朱色の方がやはり美しいような、、、。

流行ってたんですかね、ケチッたんですかね、それはないですかね。

そんなこと言ってたら、バチがあたりそう。

楼門の向かって右側の随身像は、水戸光圀がモデルと言われているそうなんですが、

「じゃあ、左は?」

と質問すると、ボランティアの説明員さんも、宮司さんも

「そこまではちょっと、、、」

という答えが返ってくるんですよね。

こうなると気になりますよね。

左の人。

根津だから、談志がご逝去されたら、談志像かなんかに替えてしまえば?

なんて、縁起でもないことを考えてみたり、、、。

いよいよ、バチあたりですね。

あと、森鴎外碑銘水飲場っていうのがありまして。
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陸軍医だった森鴎外が奉納した砲弾の台座で作ったものだそうで、裏に「森林太郎」と
森鴎外の本名が彫られています。
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お話の後は、ほんの少しお神酒をいただき、史跡巡り終了となりました。
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by tabalog | 2010-03-18 20:30 | お散歩

わだつみのこえ記念館

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今日は東京大空襲があった日だそうです。

ウチナーンチュにはいまいちピンとこない日なのですが、
約10万人の方々が亡くなったそうです。

現在は東京都民の端くれ。
ちゃんと午後1時に黙祷しました。

それとは関係ないのですが「わだつみのこえ記念館」に行ってきました。

文京区の案内に掲載されていたのと、
「二十一世紀に希望を持つための読書案内」という本で
「きけ わだつみのこえ」が紹介されていたので、気になって調べてみたんです。

そしたら、開館が月・水・金の午後1時半〜4時と非常に限定されているため、
これはプー太郎のうちに行っておかねばと思い、最寄の東大前駅へ。

東大は本日合格発表があったようで、私が駅についた午後も、まだ学生さんやら報道陣やらでひしめき合っていました。

落第横丁を過ぎて、次の路地奥にあるマンションの一室。

しかも、記念館の看板は本郷三丁目方面を向いているため、わかりづらいです。

おそらく、本郷三丁目駅からいらっしゃる方が多いのでしょう。

記念館に入ると、記帳、二階の展示室へといきなり促されます。

展示室はなかなかの狭さです。

多分大人5人以上は入れません。

各学徒兵のプロフィールと共に、遺書や手紙がガラスケースに入って展示されております。

昔の人の字は現代に生きる私には大変判りづらいのですが、楷書された資料もセットされています。

前述の「二十一世紀に希望を持つための読書案内」にはこうあります。

「戦争に疑問を抱きながらも、自分の運命を受け容れています。
そして、その極限の状態においても、なお、彼らが望んだものは「活字」だったのです。
(中略)食料も、着るものも十分であったはずはなく、毎日の苦しい戦いの中にあっても、彼らがもっとも望んだ事は思考することでした。」

へぇ〜、ご立派なこと。

そんな程度にしか捉えていませんでした。

市井の人々が食うや食わずなのに、男どもはそんなもんかいな。

実際学徒兵のプロフィールを見ると、大卒、しかも東京帝国大学出身が多く目立ちます。

つまりは、志半ばにして戦火に散ったってヤツね?

どこまでも私の視点は冷たい。

そして、「沖縄にて戦死」というのも目立ちます。

、、、これはちょっと重い。

この人達に祖先が殺されたかも知れないのね、、、。

私は親類の多くを沖縄の地上戦で亡くしているので、
正直そう思わざるを得ない。

でも、、、憎む気はしない。

だって、今更兵隊さんを憎んでどうなるわけでもないですし。

ただただ、戦争というものは人の死を無意味にしてしまうような気がします。

しかし、「無意味」と「無駄」は違います。

死は無駄ではありません。

ただ、戦死についてあまりにも多く意味を持たせるのはちょっと違うかなと思うんです。

それ自体が戦争に意味を持たせてしまうような気がするから。

無意味なんだと思うんです、無意味にしなきゃ。

好転しない。

「わだつみのこえ記念館」の学徒兵の手紙がそう思わせてくれたような気がします。

右でも、左でもない、ただ過去の出来事をありのまま全身全霊で受け止めるだけです。

あっ、ちと語りモードだ。

いかんいかん。

そんなわけで、最近の私は「大人の社会見学」づいています。

「おばさんの社会見学」かな?

そうそう、一個嬉しいことが。

館の案内をしているおば様に「学生さん?」と言われました。

ちと、無理があるって?

それでも、(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!

「きけ わだつみのこえ」に関しては改ざん話も数多いようですね。

わだつみのこえ記念館HP
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by tabalog | 2010-03-10 18:46 | お散歩

文京ふるさと歴史館 火鉢展

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先週の木曜日(2月25日)に文京ふるさと歴史館で開催されている火鉢展に行ってきました。

前々から気になっていたので行こうと思っていたのですが、ちょうど2月25日は学芸員さんの説明付きということで、この日に合わせて足を運びました。

私自身は、博物館などで学芸員さんの説明を聞くというのは初体験。

午後2時からの説明会より少し早く着いたので、先に少し火鉢展を見ていましたら、そのうちに館内アナウンスが流れて、もうすぐ始まりますとのこと。

凄いたくさんの人が聞きに来るのかと思いきや、ほんの10数人程度。

地味な展示会だし、平日だし、まぁこんなもんなのかという感じ。

でも、この人数の少なさが功を奏して、なんだかとてもアットホームな説明会となりました。

火鉢自体の展示は勿論ですが、火鉢が掲載されている文京区ゆかりの文豪の書籍それに昔の子ども達の手習いの素語録など、いろんなモノが展示されています。

ただそこに火鉢が置かれているのと、学芸員さんの説明を聞きながら見て行くのとでは、全然違うなと思いました。

火鉢にまつわる話が耳から入ってきて、脳にすっと入っていくような、そんな感じです。

火鉢には、火鉢そのもの以外にも、火箸、五徳、火消し壷などの付属がいろいろありまして、特に私が気になったのは十能という道具。

十能なんて初めて聞いたのですが、熱くなった炭を入れて運んだり、座敷に置いたりする道具で、見た目は雪平鍋のような形で、鍋底には座敷がいたまぬよう、木の板がついています。

展示品のほとんどは寄付されたモノなんですが、なかでも目をみはるのが、関西火鉢と呼ばれる火鉢で、陶器ではなく、木材で作られた、上方落語で使用される見台のような見た目の火鉢。

取り外しができる天板がケヤキの一枚板で出来ているので、男性二人がかりでやっと運べるというくらい、とても重たいのだそうです。

合板などが普及していない時代ですから、何から何まで本物なんですね。

火鉢は冬に使うイメージが強いのですが、夏でも使っていたそうで、ただ冬と夏の使い方はちょっと違っていて、夏は灰の中心まで炭をいれてあまり暑くならないように使っていたそうです。

で、ちなみに私自身は火鉢、使ったことなんですよね(笑

何しろ出身が沖縄ですから。

江戸の風情に憧れて使ってみたいなと思うんですが、マンションでは多分一酸化炭素中毒になっちゃいますかね。

次回の学芸員さんの説明は3月11日(木)午後2時からです。

文京ふるさと歴史館は、春日(後楽園)駅からも、本郷三丁目駅からもちょっと歩きますが、近くには真砂中央図書館があって、私が大好きな立地条件(バスだと真砂坂上バス停のすぐ近く)。

その先をいくと炭団坂という非常に風情のある坂があり、坂を下ると、下町の素敵な町並みが見えてきて、ちょっとした猫気分を味わえます。

猫気分は私だけかもしれませんが。

あ、確か「ブラタモリ」でも紹介されていました。

それと、近くにとんでもなくでかい、東京で一番だか、二番目だかの大きなクスノキがありまして、この木は必見です。

文京ふるさと歴史館HP
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by tabalog | 2010-03-01 11:56 | お散歩

似てる有名人はガチャピンです


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