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SENTO

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ここ最近の銭湯好きが講じて、遂にこのような写真集を図書館で借りてしまいました。

銭湯が好きというよりは「月の湯」が好きなんですけどね、本当は。

全国の銭湯の写真が細部にわたって掲載されている上に、文章は日本語と英語の両方が掲載されています。

外国人にも銭湯に親しんでもらおうってコンセプトなんでしょうか?

文中から察するに、創刊するにあたり取材をしていたのが2001年頃のようですが、その時点で現存していた沖縄の銭湯が全店掲載されているのが、凄い。

その中にも私が初めて行った銭湯が載ってました!!

確か、10歳くらいだったかな?

具志川市(今はうるま市)安慶名にあります、三葉湯!!

確か、近くに宮城産婦人科があったような気がします。

実家とはバスに乗らなきゃいけないくらい遠いところなのに、今となってみれば、何故その銭湯に行ったのかが、明確な理由がよく思い出せない、、、。

近所で仲良くしていた家族のお母さんが喘息の発作だかで、前出の産婦人科に入院することになったんだよな。

今考えると、産婦人科に喘息で入院てのもよくわかんないけど。

沖縄だからそこら辺は適当だったのかな?

病院も少ない時代だったし。

それで、そこの家には事情があって両親と暮らせない自分より2歳くらい年上の姉々が一時的に居候していたんだ。

ただでさえ身寄りのないところに、やっかいになっている家の人が入院することになっちゃったもんだから、「付き添って看病します」くらいの勢いなんだけど、言っても彼女も子どもだしってんで、うちの母ちゃんが「ちょっと落ち着くために、アンタたち二人で銭湯行ってきなさいー」つって連れ立って銭湯に行った、、、。

確かそんな感じだったような気がする。

その姉々は足の指が六本あるって聞いてたから(それが原因で両親から見捨てられてしまったとか)、見たいような、でも、こんな事したらダメだよねー、なんて事考えながらお風呂に入ってたなー。

今どうしてるんだろう?

それが約28年くらい前だから、今もあの銭湯あったら相当古いよなー。

そもそも沖縄にはお湯につかる習慣がないから新鮮だったし、お湯につかる楽しみを知ったのはあの日かもなー。

この写真集、定価7350円ととても高価なものなんですけど、amazonで調べると1万5千円くらいの値段がついております。

3万円はさすがに出せませんが、紙質から装丁から高価なのもうなずける写真集です。
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by tabalog | 2010-07-27 17:50 |

銅御殿

小石川にある銅御殿の写真集を図書館で借りました。
非売品です。
よって、イメージ写真もありません。

銅御殿の事は先月号くらいの「東京人」で知りました。

同じ区にあるんですけど、我が家からだとビミョ〜に行きづらいため、未だに見たことはないです(ーー;)

現在でも建物の保護のため建物内の見学はされておらず、年に二回ほどお庭から建物を臨む、という見学ツアーらしきものは催されているようです。

そんなわけで、せめて写真集でも見て在りし日の姿を拝めようかしら?なんて思ったのですが、残念ながら、この写真集、ほとんどが白黒です。

住居として使用されていたため家人への配慮でしょうが(撮影には非常に協力的だったとありますが)それにしてもな〜。

そんな銅御殿ですが、今、隣接地でマンション建設をしており、建物の保存が危機的状況だそうです。

こうやって日本は本当に守るべき古きよきものを壊しちゃうんだよなー。
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by tabalog | 2010-07-17 16:37 |

日本の路地を旅する/上原善広

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タイトルを見て旅の本だと思って予約したこの本。

違いました、被差別部落の本でした。

被差別部落の問題は本と映画の感想&美術館(自分的覚書)の中の「放送禁止歌/森 達也」の部分でも書いている通り、あれから、本の感想は書かないまでも、そこそこ読んではいたんです。

でも、気分は暗くなるし、挑戦的かつ感情的なものが多くて、「もう過去のことだし、この問題を追っかけるのはやめとこ」と思っていたところに、またこんな本が私のところに舞い込んできてしまった。

何か有るのか(笑、被差別部落から離れられない何かが(笑

大阪の被差別部落で生まれ育ち、いわゆる差別は受けないまでも、自分のルーツを探るように現在被差別部落の痕跡がある、ない関係なく、かつての被差別部落を取材した著者のルポです。

私は沖縄の生まれなんですが、沖縄の部落についても一応記されています。

著者自身も本書で書いている通り、「上原」という姓は沖縄ではポピュラーな苗字です。

ですが、彼自身は沖縄にはルーツはないそうです。

なおかつ、現時点の調査では沖縄にはいわゆる「被差別部落」というのは存在しなかったそうです。

確かに私も聞いた覚えはないです。

しかし、京太郎がいわゆる「エタ」にあたるという話です。

京太郎、、、。

喬太郎、、、?

違います。

京太郎と書いてチョンダラーと読むのだそうです。

「あー!!チョンダラー!!」

チョンダラーに漢字があるとは考えたこともありませんでした。

著者はチョンダラーのルーツとして泡瀬を旅していますが、沖縄出身の人間にとってはチョンダラーといえば平敷屋あたりが有名だったような?はて?上原さんは何か勘違いしているのかねー?なんて呑気な事考えていたら、エイサーの中でも道化師役とされているいわゆるチョンダラーと、泡瀬で受け継がれているチョンダラーとは似て非なるものらしい。

ほー、ほー、と感心しながら、早速文明の利器(?)ようつべさんで検索します。

ありました、泡瀬のチョンダラー。

こ、怖い、、、。

本の中でも「とてもおどろおどろしい」とあったけど、確かにこれは怖い。

てか、今まで見てきた愉快なチョンダラーとはぜんっぜん違う!!

そういえば、「ニンブチャー」という言葉があるけど、これぞまさしく「念仏者(ニンブチャー)」。

沖縄に長いこと住んでおきながら、知らないことがいっぱいですな〜。

誤解なきようにしておきますが、泡瀬自体は被差別部落ではないそうです、念のため。

というより、被差別部落って、今までは「なんだかよくわかんないけど、ある地域に湿地帯みたいな、水はけの悪いところがあって、そこに住まわざるをえない貧乏な人たちを、部落の人として差別してるのよねー」なんて馬鹿なこと思っていたけど、被差別部落に住まわざるをえない状況というのはかつての幕府の命令があったり、「部落」っていうのは端的に「場所」の差別じゃないのよね。

今回改めてそれを痛感しました。

だからこそ、難しいなー、と。

職業差別という意味合いも強くて、焼肉屋だったり、皮なめし、屠場、古くは処刑場片付、それくらいは知っていたけれど、今回この本を読んで知ったのは猿回しもそうだったってこと。

前に立花隆の「青春漂流」と読んで、猿回しの村崎太郎さんの話も載ってて、凄い感動したことがあったんだけど、そんな話はなかったような気がするな。

要するに「芸事」で生業をたてる人の事も差別対象で、漫才のルーツもやはりエタの生業。

落語はどうなんだろ?わかりませんが。

ちなみに本書は第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しております。
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by tabalog | 2010-07-14 15:42 |

ザ・東京銭湯/町田 忍

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最近銭湯がマイブームです。

というか、断言しましょう!!

きます!!
銭湯ブーム!!


以前はラクーアによく行っていたんですけど、入場料高いし、
「温泉に行きたい!!」なんて事もよく言っていたけど、
そもそもめんどくさい。

吉本隆明が「温泉に癒されに行くなんてのは幻想だ、却って疲れる」みたいな事言ってたけど、私も多分そのタイプ。

要は、

大きなお風呂で足を伸ばしてゆっくり浸かれば事は済むんじゃないのか?

って事に、気づいたわけです。

そしたら、この気づきが大正解!!

やっぱり、「大きなお風呂で足を伸ばしてゆっくり浸かれば」事は済んだわけです。

大人450円という安さもさることながら、建物のカッコよさがたまらん!!

ここのところ、「古民家」とまではいかないまでも、昭和初期頃の建物が好きでして、
私はよく行く「月の湯」さんという銭湯は昭和8年創業の頃の建物のがそのまま残り、
その空間に自分が居られるだけでもなんとも幸せ♪

私が払う450円には「この建物を是非後世に残してください」という思いが込められています。

近所の人が募って燃料代を賄っている感覚も好き。

「浴育」という考え方にもとても共感が持てます。

さて、そんなわけで「ザ・東京銭湯」

東京の銭湯が紹介されているだけの本です。

銭湯に興味のない方はお手に取ることもないのでしょうが、ここは是非!!日本の文化遺産を見るつもりでページを捲っていただきたいもの。

外装から内装からかっこいいのなんのって。

燃料代高騰や後継者不足で廃業が相次ぐ銭湯業界。

どうにか頑張ってもらいたいものだな〜。

そして、キング・オブ・銭湯として名高い北千住の「大黒湯」にも行ってみたいっすな〜。

家風呂は家風呂で楽しいですが、たまには銭湯も良いですぞ。

遠くの温泉行くより、こういう身近な文化遺産を残すために、たまには450円使いましょうよ。
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by tabalog | 2010-07-01 15:40 |

万年前座/立川キウイ

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立川キウイ、、、誰!?みたいな(笑

写真見て思い出しました。

テレビで談志のドキュメンタリーなどがあると、
必ずといっていいほど談志の近くで写っているあの人。

実際にご本人を拝見をしたこともあるけど、
まさか前座さんだったとは知りませんでした。

しかも、談志の元で前座を16年余り。
オイオイ...( ;・_・)ッ( ゜ー゜)ウキ...
ちと、長すぎです。

そんな前代未聞の前座生活を過ごしたキウイさんヒストリー。

立川流の人は、とにかく出版している書籍が多く、
今回も「どうせ談志の奇人変人」ぶりをネタにしている
書籍なんだろうと、あんまり読む気になりませんでした。

でも、キウイさんのこの本は談志とのエピソードは、
そんなにないです。

わざとそうしたのかどうかはわかりませんが。

だから、談志の奇人変人エピソードを期待して読むと
がっかりするかも。

3回の破門にもめげず、なおも家元にくらいつく、
諦めない、物分りの悪い男の物語です。

って書くと、かっこいいけど、要するに体たらくな人なんですよね。

不思議なのは、談志自身もキウイさんを諦めないというか、、、。

3回も破門にしておきながら、なお自分の元に置いておく。
その心境はどうだったんだろうか、と。
凄く気になります。

自分の体たらくのせいで、出世できない。
それを認めつつも、どんどん後輩に追い越されて行く現実との
戦い、焦燥感。

そんな事がかる〜く描かれています。

私は一日で読んでしまいました。

現在は二つ目だそうです。

いつか真打になれるのでしょうか。
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by tabalog | 2010-03-23 19:54 |

史跡巡りに行ってきました

一昨日(16日)、平成21年度第3回史跡めぐり
「駒込追分・根津に江戸の面影を訪ねて!」という
イベントに参加してきました。

集合場所は東大農学部正門前。
集合時間は午後1時15分。

20分ほど早く着いたのですが、


いるわ、いるわ年寄りばかり!!


平日の昼間の地味〜なイベントなので、ある程度は覚悟していたのですが
おじさん、とか、おばさん、を通り越した、いわゆる

おじいさん、や、おばあさんばかりなのです!!

若者は私一人。

いえ、私とて決して若いわけではないのですが、、、。

現代日本の縮図のような団体です。

はぁ〜、まいっちんぐ、、、
この中に混じって一日歩くんかいな、、、。

まぁ、とにかく一グループ12名に分かれ、
文京区のまち案内ボランティアさんの説明を聞いて歩きます。

まずは、東大農学部正門前にある駒込追分と高崎屋。

この高崎屋さんというお酒屋さん。
250年も前から続くお酒屋さんです。

その昔は、それはそれは繁盛していたようで、
そのドでかい建物の絵が文京ふるさと歴史館にも(レプリカですが)
展示されております。

現在も続いているというので、いつかは見てみたいなぁと思っていたのですが
いざ見てみるとガッカリ。

せっかく明治時代に建てられたお屋敷に、ビミョ〜なデザインの
「TAKASAKIYA」というアルファベットの看板。

しかも、建物半分はTAKASAKIYAビルディングという大きなビルに。

先代が泣くぜ。
なんてことしてくれんねん。

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次に、東大農学部の正門入ってすぐの朱舜水碑へ。

朱舜水とは中国明の時代の儒学者で、
水戸光圀の思想に大きな影響を与えた人だそうです。

水戸光圀が初めてラーメンを食べた日本人という話は最近良く聞きますが
そのラーメンを作ってあげたのが、朱舜水という説もあるそうです。

現在農学部のある土地が、かつては水戸藩の中屋敷で、水戸光圀が朱舜水に
住まいとして提供していた、

ってメッチャ広い!!

ちなみに、現在の後楽園は水戸藩の前屋敷だった、

ということは

あの広大な土地、ぜぇ〜んぶ水戸藩のモノだったんですね〜。

スケールが違うぞ、スケールが。

私たち一行は、西教寺、願行寺へと向かいます。

願行寺には森鴎外が史伝を執筆している「細木香以」という江戸の通人のお墓があり、
鴎外がしばしば訪れていたそうです。

さらに、東大地震研究所、聖テモテ教会へと進みます。

テモテ教会は、難病治療をしている家族を支援している施設
「ぶどうの家」が併設されています。

地方から上京して治療をするにしても、家族の宿泊代など大変ですよね。
そういった家族へ宿泊施設として提供しているそうです。

ちなみに、大平元総理の葬儀はコチラでやったそうです。

こんなちっさな教会でか?
ちょっと驚きです。

教会前からS坂を下り、弥生正録館前に到着。

非公開なんで、中には入れないのが残念です。

この建物、根津神社のつつじ祭りの時に、つつじを見上げると必ず目につきます

前から気になっていたんです。

この建物はなんなんだ、
チョ〜かっこいいじゃねぇ〜か、と。


輸入生地商を営んでいた渋谷正吉さんという方が建てたのだそうです。

程なくすると根津神社に到着。

根津神社に行く時は、忍ばず通りから入っていくことが多いので、
こんな所に鳥居があったのねぇというところから入っていきます。

人の集まる場所には今も昔もエロがつきもの。(ほんとか?

この鳥居を出たあたりは、かつて遊郭があって賑わっていたのですが
近くに東大が設立され「学生街にこのような如何わしいものがあるのは
いかがなものか?」ということで撤去。

今ではそんな雰囲気はみじんもありません。

ひとしきり根津神社の説明を受けて、トイレ休憩の後、宮司さんのお話となりました。

宮司さんのお話が聞けるというのは募集案内には記されていなかったので、
思いのほかラッキーな機会に恵まれました。

参加者全員本殿に集合してお祓い、代表者の方に倣って二礼二拍手一礼。

皆さんはお年を召した方なので、お祓いの場も経験されているのでしょうが
私は初めてでして、宮司さんをポケ〜っと見ておりましたら、
皆さん頭を下げているので慌ててしまいました。

宮司さんからのお話は根津神社の歴史などなど。

まぁ、要するに天井の絵などに夢中になってしまい、あんまり覚えていなんですな(笑

だって、滅多に見られないじゃん、天井の絵なんて。

説明によると、天井の絵は特定の花を描いているのではなく、
象徴的に花を描いたものなんだそうです。
色とりどりでキレイです。

それと柱などの漆の色があまり朱色、朱色していなくて、どちらかというと茶色に近い朱色です。

京都とは違って、江戸の特徴だと仰っていましたけど、
まぁ、鮮やかな朱色の方がやはり美しいような、、、。

流行ってたんですかね、ケチッたんですかね、それはないですかね。

そんなこと言ってたら、バチがあたりそう。

楼門の向かって右側の随身像は、水戸光圀がモデルと言われているそうなんですが、

「じゃあ、左は?」

と質問すると、ボランティアの説明員さんも、宮司さんも

「そこまではちょっと、、、」

という答えが返ってくるんですよね。

こうなると気になりますよね。

左の人。

根津だから、談志がご逝去されたら、談志像かなんかに替えてしまえば?

なんて、縁起でもないことを考えてみたり、、、。

いよいよ、バチあたりですね。

あと、森鴎外碑銘水飲場っていうのがありまして。
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陸軍医だった森鴎外が奉納した砲弾の台座で作ったものだそうで、裏に「森林太郎」と
森鴎外の本名が彫られています。
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お話の後は、ほんの少しお神酒をいただき、史跡巡り終了となりました。
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by tabalog | 2010-03-18 20:30 | お散歩

わだつみのこえ記念館

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今日は東京大空襲があった日だそうです。

ウチナーンチュにはいまいちピンとこない日なのですが、
約10万人の方々が亡くなったそうです。

現在は東京都民の端くれ。
ちゃんと午後1時に黙祷しました。

それとは関係ないのですが「わだつみのこえ記念館」に行ってきました。

文京区の案内に掲載されていたのと、
「二十一世紀に希望を持つための読書案内」という本で
「きけ わだつみのこえ」が紹介されていたので、気になって調べてみたんです。

そしたら、開館が月・水・金の午後1時半〜4時と非常に限定されているため、
これはプー太郎のうちに行っておかねばと思い、最寄の東大前駅へ。

東大は本日合格発表があったようで、私が駅についた午後も、まだ学生さんやら報道陣やらでひしめき合っていました。

落第横丁を過ぎて、次の路地奥にあるマンションの一室。

しかも、記念館の看板は本郷三丁目方面を向いているため、わかりづらいです。

おそらく、本郷三丁目駅からいらっしゃる方が多いのでしょう。

記念館に入ると、記帳、二階の展示室へといきなり促されます。

展示室はなかなかの狭さです。

多分大人5人以上は入れません。

各学徒兵のプロフィールと共に、遺書や手紙がガラスケースに入って展示されております。

昔の人の字は現代に生きる私には大変判りづらいのですが、楷書された資料もセットされています。

前述の「二十一世紀に希望を持つための読書案内」にはこうあります。

「戦争に疑問を抱きながらも、自分の運命を受け容れています。
そして、その極限の状態においても、なお、彼らが望んだものは「活字」だったのです。
(中略)食料も、着るものも十分であったはずはなく、毎日の苦しい戦いの中にあっても、彼らがもっとも望んだ事は思考することでした。」

へぇ〜、ご立派なこと。

そんな程度にしか捉えていませんでした。

市井の人々が食うや食わずなのに、男どもはそんなもんかいな。

実際学徒兵のプロフィールを見ると、大卒、しかも東京帝国大学出身が多く目立ちます。

つまりは、志半ばにして戦火に散ったってヤツね?

どこまでも私の視点は冷たい。

そして、「沖縄にて戦死」というのも目立ちます。

、、、これはちょっと重い。

この人達に祖先が殺されたかも知れないのね、、、。

私は親類の多くを沖縄の地上戦で亡くしているので、
正直そう思わざるを得ない。

でも、、、憎む気はしない。

だって、今更兵隊さんを憎んでどうなるわけでもないですし。

ただただ、戦争というものは人の死を無意味にしてしまうような気がします。

しかし、「無意味」と「無駄」は違います。

死は無駄ではありません。

ただ、戦死についてあまりにも多く意味を持たせるのはちょっと違うかなと思うんです。

それ自体が戦争に意味を持たせてしまうような気がするから。

無意味なんだと思うんです、無意味にしなきゃ。

好転しない。

「わだつみのこえ記念館」の学徒兵の手紙がそう思わせてくれたような気がします。

右でも、左でもない、ただ過去の出来事をありのまま全身全霊で受け止めるだけです。

あっ、ちと語りモードだ。

いかんいかん。

そんなわけで、最近の私は「大人の社会見学」づいています。

「おばさんの社会見学」かな?

そうそう、一個嬉しいことが。

館の案内をしているおば様に「学生さん?」と言われました。

ちと、無理があるって?

それでも、(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!

「きけ わだつみのこえ」に関しては改ざん話も数多いようですね。

わだつみのこえ記念館HP
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by tabalog | 2010-03-10 18:46 | お散歩

文京ふるさと歴史館 火鉢展

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先週の木曜日(2月25日)に文京ふるさと歴史館で開催されている火鉢展に行ってきました。

前々から気になっていたので行こうと思っていたのですが、ちょうど2月25日は学芸員さんの説明付きということで、この日に合わせて足を運びました。

私自身は、博物館などで学芸員さんの説明を聞くというのは初体験。

午後2時からの説明会より少し早く着いたので、先に少し火鉢展を見ていましたら、そのうちに館内アナウンスが流れて、もうすぐ始まりますとのこと。

凄いたくさんの人が聞きに来るのかと思いきや、ほんの10数人程度。

地味な展示会だし、平日だし、まぁこんなもんなのかという感じ。

でも、この人数の少なさが功を奏して、なんだかとてもアットホームな説明会となりました。

火鉢自体の展示は勿論ですが、火鉢が掲載されている文京区ゆかりの文豪の書籍それに昔の子ども達の手習いの素語録など、いろんなモノが展示されています。

ただそこに火鉢が置かれているのと、学芸員さんの説明を聞きながら見て行くのとでは、全然違うなと思いました。

火鉢にまつわる話が耳から入ってきて、脳にすっと入っていくような、そんな感じです。

火鉢には、火鉢そのもの以外にも、火箸、五徳、火消し壷などの付属がいろいろありまして、特に私が気になったのは十能という道具。

十能なんて初めて聞いたのですが、熱くなった炭を入れて運んだり、座敷に置いたりする道具で、見た目は雪平鍋のような形で、鍋底には座敷がいたまぬよう、木の板がついています。

展示品のほとんどは寄付されたモノなんですが、なかでも目をみはるのが、関西火鉢と呼ばれる火鉢で、陶器ではなく、木材で作られた、上方落語で使用される見台のような見た目の火鉢。

取り外しができる天板がケヤキの一枚板で出来ているので、男性二人がかりでやっと運べるというくらい、とても重たいのだそうです。

合板などが普及していない時代ですから、何から何まで本物なんですね。

火鉢は冬に使うイメージが強いのですが、夏でも使っていたそうで、ただ冬と夏の使い方はちょっと違っていて、夏は灰の中心まで炭をいれてあまり暑くならないように使っていたそうです。

で、ちなみに私自身は火鉢、使ったことなんですよね(笑

何しろ出身が沖縄ですから。

江戸の風情に憧れて使ってみたいなと思うんですが、マンションでは多分一酸化炭素中毒になっちゃいますかね。

次回の学芸員さんの説明は3月11日(木)午後2時からです。

文京ふるさと歴史館は、春日(後楽園)駅からも、本郷三丁目駅からもちょっと歩きますが、近くには真砂中央図書館があって、私が大好きな立地条件(バスだと真砂坂上バス停のすぐ近く)。

その先をいくと炭団坂という非常に風情のある坂があり、坂を下ると、下町の素敵な町並みが見えてきて、ちょっとした猫気分を味わえます。

猫気分は私だけかもしれませんが。

あ、確か「ブラタモリ」でも紹介されていました。

それと、近くにとんでもなくでかい、東京で一番だか、二番目だかの大きなクスノキがありまして、この木は必見です。

文京ふるさと歴史館HP
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by tabalog | 2010-03-01 11:56 | お散歩

似てる有名人はガチャピンです


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